労災隠しという言葉を聞いたことがある方は結構いらっしゃるのではないでしょうか。
 
具体的には労災隠しとは労働者死傷病報告を提出しないこと又は虚偽の届出を出すことです。
 
労働者死傷病報告とは就業中の事故が原因怪我をした従業員がいて休業した場合に届出す書類で、労働安全衛生規則という法令にて定められています。怪我が原因で死亡した場合も届出が必要ですがこの記事ではよくある労災かくしのパターンにつき解説するので怪我をしたケースのみだとご認識下さい。
 
本来であれば、4日以上の休業であれば遅滞なく(目安は1週間程度)労働基準監督署に届出さないといけません。それを、なんやかんや言って適切にやらないケースが散見されます。
 
なぜ労災隠しをしてしまうのでしょうか。
 
上述した通り、労災隠しは根拠法令が労働安全衛生規則に定められており、適切に届出さないと厳しい罰を受けることになります。
 
また労災隠しをすることはとどのつもり何が問題なのでしょうか。
 
本記事では上記に疑問につきまとめました。
 

労働者死傷病報告とは

 
労災隠しを理解するには労働者市傷病報告が何かを理解する必要があります。
 
労働者死傷病報告書とは雇用する従業員が被災して怪我を、休業した場合に届出す書類です。
 
勘違いしやすいことが、労災の保険給付を受けていないから出さなかったということが挙げられますがこれはダメです。
 
届出を出すかどうかの基準は被災して休業したかどうかです。労災の保険給付の受給は労働者傷病報告の届出とは関係ありません。
 
しかもですね。
 
例えば仕事中に言い争いで喧嘩になって怪我した場合でも、それが就業中または事業場内、もしくはその付属建設物内での負傷して休業したときは提出する必要があります。
 
このことから労災の保険給付とは一切関係ないって考え方が非常に重要です。
 
労働災害が原因で1日でも休業すれば届出義務が生じることご理解いただけたと思います。
 
では届出期限を確認しましょう。
 
休業日が4日未満か4日以上かで届出を出す期限が決まる関係性です。
 
具体的には次のようになります。
 
◆労働者死傷病報告の届出期限◆
 
・休業が4日以上  →遅滞なく(目安は一週間)
 

・休業が4日未満  → 期間ごとに発生した労働災害を取りまとめて報告

 

 
4日未満の場合の取りまとめるとは具体的には次の通りです。
 
        1~3月分におきた労災  ⇒ 4月末日までに報告
        4~6月分    〃       ⇒ 7月末日までに報告
        7~9月分    〃     ⇒ 10月末日までに報告
        10~12月分  〃     ⇒ 1月末日までに報告
 
また届出様式も異なります。
 
4日以上→様式23号
 
4日未満→様式24号
 
パッと23と24を比較して貰えると分かるのですが、記載する情報の詳細度が異なります。4日以上の休業だと詳しく書くという関係性ですね。
 
ちなみにこの私傷病報告の4日の起算日は翌日からですし。
 
CF、労災保険給付の待機期間は初日が営業時間内であれば初日を算入し起算します
 
また提出する義務が課せられる主体は誰でしょうか。
 
建設業の場合、元請業者が下請従業員の分まで含めて労災保険に加入する必要があります。であれば、元請業者が労働者市傷病報告を作成届出義務があるのでしょうか。
 
そうではありません。
 
作成届出義務があるのは、被災した従業員を雇用する事業主です。労災保険番号と届出の義務者は関係ありません。
 
大事なことなのでもう一回書きますが、労働者死傷病報告は労働災害にあった労働者が所属する事業者が届出義務が課せられます。
 
また令和7年1月1日から労働者市傷病報告を始めとする多くの書類が電子申告による届出が義務になりました。保存期間は5年です。
 
以上が労働者死傷病報告の基礎知識です。
 
 

建設業者はなぜ労災隠しをしてしまうのか

 
労働者死傷病報告を届け出さない、虚偽を記載して届出することが労災隠しです。
 
ではなぜ労災隠しをしてしまうのでしょうか。
 
実際に処分を受けた事業主の発言をまとめました。
 
・元請業者に迷惑がかかり仕事が貰えなくなると思った
 
・発生場所には労基署の調査が入る。作業停止も起こり得るといった点で、迷惑になると考えた
 
・今後の受注への影響を恐れていたのでは
 
・言い争いがきっかけのケガは報告しなくて良いと思っていた
 
・運輸局の立ち入り調査を防ぎたかった
 
・派遣先にも提出義務があると知らなかった
 
 
建設業以外も含む事業主も含めて紹介しましたが、総じて言えることは次の2つです。
 
 
・知らなかった
 
・事業の継続に支障があるから届出さなかった
 
 
ということですね。
 

労災を隠し続けることは難しい

 
知らなかった、元請から仕事を貰えなくなると思ったという理由で労災隠しをすることは残念ながら人間の弱さからでしょう。
 
しかし法律は知らなかったらで罰を回避出来る理由にはなりません。
 
また事業の継続をしていく上で、一時的に隠せたとしても隠し続けることは無理があります。
 
理由としては被災して重症を負った労働者がいるからです。
 
一般的に労災隠しで送検されるような案件は従業員が重傷を負っているケースが多いです。
 
労災隠しをしているということは、労災の保険給付の手続もしないケースが多いでしょう。となると従業員が満足に保険給付を受けられません。
 
従業員への口封じのために会社が補償を支払うとなっても、重傷だと治療や復帰まで長引き、お金を支払い続けることが困難になるでしょう。お金の支払いがきつくなってきてから、やっぱり労災の保険給付を受けたいと労働者私傷病報告を出してももう遅いです。
 
なぜなら遅滞なくという届出期限があるからですね。遅滞なく届出をしていないので、送検は免れないでしょう。
 
また隠そうとする姿勢が従業員からの不信感に繋がり、直接労基署に報告するケースも多いようです。そうなると結局調査が入り事業の継続に支障が出ます。
 
送検される=刑事罰を受ける可能性という関係性ですが、法人だけではなく労災隠しに関与した人物が対象です。
指示を受けただけの現場代理人や顧問社労士も送検対象になります。
 
短期的な目線で見れば事業や取引を継続できるかもしれませんが適切に届出せば防げたかもしれない罰金刑を受け前科を有する状態になり社会的な制裁を受けてしまうリスクがあるのが労災隠しということです。
 

労災隠しを行うことが何が問題なのか

 
上記申し上げた通り、労災隠しは刑事処分の対象になるほど厳しいです。
 
なぜ行政処分に留まらず刑事罰を定めるほど厳しいのでしょうか。
 
以下、山口県労働局からの引用です。個人的に特に重要だと思うことを太字にしました。
 
 
  1. 災害そのもの、あるいは部分的にも「隠す」ことによって、災害原因の究明や対策が正しくなされなくなります
  2. 被災者に対する労災補償保険法に定める治療や療養休業中の賃金補償がなかったりと、被災者へその後の補償に大きな不安を与えることとなります。
  3. 労働災害の発生に対する行政指導や責任を適正に問うことができなくなります
  4. 「労災かくし」が発覚すれば、隠した行為に対して関係者への責任追求が待ちかまえています。
  5. 他の従業員へ不安を与え、働く意欲をも失わせることになります。
労災隠しがあると、従業員の生活補償はもちろん、事故の原因を特定して個別事案に留まらず労働災害の再発防止に役立てることが出来なくなります。
 
特に建設業は労災事故が全ての産業の中で1番件数が多く、国はそれを重要な課題だと位置付けています。
 
となると労働災害の原因を追求することが事故を減らすためには必須だという考えは難しくないでしょう。
 
また建設業は公共工事で言えば税金が原資となり事業者に支払うことも特徴です。であれば事故を起こして隠蔽するようなコンプライアンス意識の低い業者は排除する責務もあります。
 
よって労災隠しには厳しい処分がされるいうことです。
 
ご理解いただけますでしょうか。
 

その他注意点

労災隠しに関してその他の注意点を箇条書きでまとめてみました。

・通勤災害、特別加入者の労働災害は労働者死傷病報告の届出は不要
 
・技能実習生が被災した場合も労働者死傷病報告は必要
 
・遅滞なくの提出期限は届出先によって判断基準が異なる。3週間でも遅いといわれたケースもあるが1ヶ月で問題なしと判断されたケースがあった
 
・資材置き場での事故と偽る事業者が多いゆえ、そこから調査が入り労災隠しがバレるケースがある
 
・労災の保険給付の有無は関係なく死傷病報告は届出必要
 
・就業中の喧嘩も休業すれば死傷病報告が必要
 
・報告義務のある休業日数は連続という要件はない
 
・公共工事の場合、発注者に労災事故の届出義務がある。自社の従業員ではないという理由で届出さないと指名停止措置などの処分を受ける可能性あり
 
・健康保険法では就業中の怪我は給付の対象外
ご注意下さい。
 

まとめ

 
労災隠しは何が問題なのか、なぜ起きてしまうのかにつきまとめました。
 
労働者死傷病報告の根拠法令は労働安全衛生規則第97条です。法違反の罰としては罰金50万円以下と定められており、実際に労働基準監督署長による書類送検が何件も確認出来ます。送検の結果罰を受けるとなれば前科がつくという関係性です。
 
行政刑罰と刑法につきまとめた記事は下記から御覧ください。
 
 
つまり刑罰と隣合わせで行政法規の中でも厳しい部類と言えます。
 
また、語弊を恐れずに言えば、労災隠しはとにかくバレます
 
労働者が自分が怪我した証拠でも持って労基署に連絡したら調査は確定でしょう。
 
また当然ですが技能実習生も届出の対象です。過去には技能実習生をサポートする登録支援機関の調査から労災隠しがバレたことがありました。
 
事故を起こせば色々と頭によぎることがあると思いますが労災隠しをすることが1番の悪手です。皆さんが支払っている労災の保険料は従業員が怪我した時のための保険ですので、従業員のためにもご自身のためにもお手続されて下さい。
 
ご存知だとは思いますが、健康保険法は就業中の怪我は保険対象外です。保険適用させて治療した場合、遡って自費で支払うことになりますのでご注意下さい。
 
過去には会社が治療費を負担して労働者に口止めをしていましたが、後遺症が残ったなどの理由で労働者からの請求が長引いた結果、金銭的に行き詰まってしまい、虚偽の死傷病報告をして労災保険を使おうとして労災隠しが発覚したケースもありました。
 
虚偽申請は処分が重くなります。ご注意下さい。
 
手続上の注意点でいえば前述した通り【遅滞なく】という表現です。過去には1ヶ月以内に出したケースで遅滞ないと判断されたものもあれば、3週間で労災隠しと言われて送検された事例もあります。
 
ここら辺は総合的に見ての判断だと思いますが、1週間以内が基準だと私は考えています。それ以上かかるのであれば、少なくとも労基署に一報いれましょう。
 
労災隠しへの処分は事業主を懲らしめる目的も含まれていると個人的には考えています。届出したところで不利益処分か全くなくなるわけではないが適切に手続をしている姿勢は処分の重さに少なからず影響を与えるでしょう。事故が起きてそれどころではないと優先度を下げずにお取り組み下さい。
 
ご不明な点があれば専門家に頼りましょう
 
お疲れ様でした。