労災保険とは就業中の怪我や通勤中の怪我による休業や療養などに対する保険です。
 
従業員を一人でも雇用していれば事業主は労災保険への加入手続きをしなくてはなりません。加入すると労働保険番号が付番され、いざ手続きをする際にはその労働保険番号に紐づけて請求するといった形になります。
 
そんな労災保険ですが、建設業は他の事業と比べて労災保険関係が複雑です。複雑な理由の一つとして二元適用事業に該当することが挙げられます。
 
二元適用事業とは、会社のオフィスと工事現場で就業場所が異なることから、それぞれ別に労災保険関係が成立する労働保険の考え方です。つまりオフィスの労働保険番号と工事現場の労働保険番号が別々に付番されます。
 
複雑な理由は二元適用事業だけでありません。
 
通常、労災保険の事業主は雇い主ですが、工事現場では元請業者が保険上の事業主になります。下請の従業員からすれば、労災保険においてはその工事現場の事業主は元請事業者ということです。
 
なぜこのような取扱なのか。
 
それは建設業という1つの現場に複数業者が混在する特殊な形がゆえ元請の建設業者の安全管理責任から下請業者の従業員まで含めて保険関係を成立し保護を図るためです。
 
となると、下請業者の従業員から見たらオフィスと工事現場の複数の保険関係が成立するということになりますよね。
 
つまり被災や怪我をした場所が工事現場なのか、通勤中なのか移動中なのかといった観点で、適用する労働保険番号を判断しなくてはなりません。
 
これだけ判断材料があれば迷いますよね。
 
つまり建設業の労働保険関係が複雑な理由は建設業に携わる従業員が住居、事務所、建設現場間の移動を行う中で複数の労災保険が成立しているからと言い換えることが出来るでしょう。
 
このように建設業の労災保険は複雑なため、しっかり理解しておかなければ被災した従業員への迅速な保護が図れなくなります。
 
そこでこの記事では、労災保険の適用方法の基本的な考え方を代表的なケースをもとに確認できるようにしました
 

労災の基本的な考え方

 
建設業の労災を理解するにあたり、まずは労災保険給付の原因となる事故である次の2つが関係します。
 
 
①業務災害
 
②通勤災害
 
 
それぞれ確認しましょう。
 

①業務災害

 
業務上の災害で怪我をした(被災した)と認められれば労災保険から保険給付を受けることが出来ます。
 
では業務災害と認められるためにはどういったことが確認されるのでしょうか。
 
それは次の2つです。
 
◆業務災害の2つの認定判断基準◆
 
(1)業務遂行性
 
(2)業務起因性
 
 
 
この2つを有する災害であることが業務災害の要件です。
 
どういうことでしょうか。
 
簡単に言えば、事業主から指示を受けた就業中の行為が原因で怪我をしたか、ということです。本題ではないので詳しい説明は省きます。
 
この業務起因性と業務遂行性。
 
建設業の場合には工事現場以外にも事務所の作業もありますよね。
 
例えば工事現場ではない自社の資材置き場で作業中に起きた事故です。これらの被災を前者は現場労災、後者は事務所労災と呼びます。
 
 
「建設現場」で発生した業務災害  
⇒ 現場労災
 
「建設現場」以外で発生した業務災害 
 ⇒ 事務所労災

 

つまり事故が起きた場合には、本件は現場労災と事務所労災のどっちに該当するのか、という判断が発生するということです。
 

②通勤災害

次に通勤災害です。
 
労災保険は通勤中の事故による怪我も保険の対象になります。
 
通勤と聞くと一般的には自宅から職場までの行き帰りを想像しますよね。
 
しかしそれだけではなく通勤災害とは通達により次のように定義づけられています。
 
労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
 
1 住居と就業の場所との間の往復
 
2 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
 
3 第1号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
 
 
業務の性質を有する移動とは当該移動による災害が業務災害と解されるものをいい、例えば会社が提供する専用交通機関を利用してする通勤、突発的事故等による緊急用務のため、休日又は休暇中に呼出しを受け予定外に緊急出勤する場合が挙げられます。
 
通勤と聞くと一般的なイメージでは上記1の住居と就業の場所との間の往復ですよね。
 
また通勤災害を理解するにあたり重要な概念として逸脱、中断が挙げられます。
 
どういうことか。
 
通達には次のような記載があります。
 
「労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第1項第2号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最少限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。」
 
 
 
簡単にいうと通勤途中に日用品の買い物や病院に通うなどの日常生活に必要な最低限の行為を除き、通勤途中で他の行為をするとそれ以降は通勤とは認めないという取扱です。
 
具体例で確認しましょう。
仕事帰りに友人と飲み会をして、飲み会終了後から自宅までの帰路に被災しても通勤災害には該当しないということです。
 
以上が建設業の労災関係を理解するにあたっての基礎知識でした。
 

具体的な被災ケースで保険関係を確認する

 
建設業の労災を適用するにあたって必要となる要素があります。
 
それは次の2つです。
 
◆建設業の労災を判断するための2つのポイント◆

①元請の現場労災か自社の事務所労災か
 
②業務災害か通勤災害か
 
 
つまり適用させる労働保険番号は最終的にこれらの組み合わせで決まります
 
では判断する際には何が重要なのか。
次の観点でご判断下さい。
 
・災害発生の場所
・具体的な行動や状況 
 
建設業の労災で見かける代表的な5つのケースを確認しましょう。
 

ケース1.下請労働者が自宅と所属する会社との間を出勤、退勤中の被災

 
下請の労働者が自分を雇用する会社に出勤、通勤中に怪我をした場合です。
 
 
 
◆適用される労働保険の種類◆

所属事業場の通勤災害  →  自社の事務所労災を適用
 
 
これはイメージしやすいですね。
 
通勤災害を説明した通達にある、住居と就業の場所との間の往復が本ケースです。
 

ケース2.下請労働者が自宅と工事現場との間を直行直帰中の被災

 
下請の労働者が自宅から工事現場に行く間に被災した場合のケースです。
 
 
 
 
 
◆適用される労働保険の種類◆

元請事業場の通勤災害 →  現場労災の通勤災害を適用
 
 
 
 
下請業者の従業員が現場に直行直帰するケースです。
 
通勤災害を説明した通達にある、住居と就業の場所との間の往復がそれにあたります。
 
これもイメージしやすかったのではないでしょうか。
 

ケース3.下請業者が自分の所属する会社に立ち寄ってから、元請の工事現場へ移動する場合で自社に向かう途中までに被災した

 
自宅から自社を経由して工事現場に向かうケースですが、これは判断が別れます。
 
 
 
◆適用される労働保険の種類◆

単純な経由(昨日から現場は決まっていた) →  現場労災の通勤災害を適用
 
OR
 
工事現場が未定のため自社に立ち寄る   →  自社の通勤災害を適用
 
 
 
 
このケースは労働者がどの時点で元請業者の現場に行くことが決まっていたかで保険関係が決まります
 
昨日から向かう現場が確定していて単純な経由であれば、元請事業者の現場に向かうことが通勤です。
 
それに対して、昨日の時点で工事現場が未定のため、どこにいくのか確認するために自社に立ち寄ったのであれば、自社への通勤に該当します。 
 
よって枠内の関係になるということですね。
 

ケース4.下請労働者が同日の就業場所として異なる元請現場間を移動する際に被災した

 
例えば午前中は元請Aの工事現場、午後は元請Bの工事現場を下請労働者が移動し、その間に被災した場合です。
 
 
 
 
◆適用される労働保険の種類◆

元請事業場Bとしての通勤災害 → 現場労災の通勤災害を適用
 
 
これは意外に思われる方もいるかもしれません。
 
理由は通達中の通勤の定義の2の「厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動」です。
 
業務起因性がありそうですが、上述した平成18年の通達で通勤の定義の中で労働保険関係が成立している同士の移動は通勤と定義づけられています
 
通達内ではこのようなに記載されています。
 
事業場間移動は当該移動の終点たる事業場において労務の提供を行うために行われる通勤であると考えられ、当該移動の間に起こった災害に関する保険関係の処理については、終点たる事業場の保険関係で行うものとしていることによるものである。

移動は通勤に該当して終点が適用されるとありますね。
 
労災保険給付を申請する場合には事業主の証明を受けなければなりません。この支給申請の中では起点に関する情報の証明は不要で、終点の証明が必要と書いています。
 
これは目的地である終点の事業場が労災保険の適用事業場になるということ示しているということですね。
 
 

ケース5.同じ元請業者が管理する現場間の移動中に被災した

 
元請事業者Aが現場を2つ管理しており、午前中と午後で異なる現場間の移動中におきた事故を想定して下さい。
 
 
 
 
◆適用される労働保険の種類◆

元請事業場Aの業務災害 → 現場労災の業務災害を適用
 
 
ケース4とは異なり、労働保険の事業主は同一のものです。
 
よって同一事業主が移動する業務命令中に起きた事故と考えられ、この移動には業務起因性および業務遂行性があるという考えです。
 
 

最後に

 
建設業の労災保険の関係を具体例を交えて説明しました。
 
大事なことは、災害発生の場所と時期、被災労働者の具体的な行動やその目的などの状況把握です。
 
それを踏まえ業務なのか通勤なのか、事務所労災なのか現場労災かが決まります。
 
中には下請工事しか仕事をしな事業者が、事務所労災の保険関係は成立させないことがあります。ただ、事務所労災と聞くと事務作業をイメージするかもしれませんが、事務所労災は現場労災以外の労災です。
 
例えば自社の資材置き場内での作業や産廃の積替保管作業などもすることもあるでしょう。
 
その作業中の事故による怪我は現場労災では保護されません。事務所労災で保護するものです。それが下請工事の現場作業しかないからという理由で保険関係を成立させていないと、仮に怪我をしても保護がされません。自社までの通勤災害も同様です。
 
よって個人的な意見としては、資材置き場での作業が全体のうち少しでも業務にあるのであれば、仮に下請業者として建設作業がほとんどの場合でも、事務所労災(末尾が6番)を成立させ届出した方が望ましいと思っています。
 
労災保険関係は労働者の合計賃金で計算しますが、とりあえず概算で成立出来るものです。従業員が全体の給料で見た時に事務所労災に該当する作業に従事する時間が何割くらいか、何%くらいかで賃金額を計算すれば良いのでご検討下さい。
 
ちなみに事務所労災の保険番号は末尾が6番で、現場労災は末尾が5番になります。豆知識としてご活用ください。
 
お疲れ様でした。